いつか、雨はあがる。

幼少期からの虐待によってうつ病、パニック障害を発症。自殺未遂、向精神薬・安定剤依存、入院を経て、現在は非正規で働きながら兼業主婦をしています。対人恐怖を治療中。どのように自尊心を回復していくか、日々思ったことを書いていきます。

大人の人と話せない、男性が怖い

私は中・高時代、大人の人と男の子と話すことができませんでした。

一言もです。。

女の子の同級生とは話すことができました。

担任の先生とも、1年に1度も話さない。二者面談の時に一度話すだけ。

 

今思うに、高校の時の担任の先生は、そんな私を気遣ってくれていたように思います。

たまたま担任の先生と二人で会う時、世間話をしてくれたこともありましたし、保護者面談の時には、母に「かな子さんは学校では物静かだけど、ちょっとおとなしすぎて気になっている」と言ったそうなのです。

 

それに対して、母は

「家では学校のこと、なんでもよく私に話してくれるんですよ~、すっごく学校楽しいみたいです!一切問題ないです。それよりも国立大学に絶対行かせたいんですけど云々・・・」

って話してきたと、意気揚々と私に言いました。

そのころの私は、大人と話ができない自分に異常性があると感じて恥じていましたので、「お母さんが先生にうまくごまかしてくれてよかった」とまで思っていました。

 

男の子と一切話せないのはどうしてだったのでしょう・・・。

自分で考えてみても良く分かりません。

ただ、母はすごく性的なことに関して敏感でした。

テレビドラマや映画で、男女のキスシーンや、不倫のシーンなどが出てくると、あからさまに嫌悪を示す顔をして、「気持ち悪い!」とか「お父さん!!」などと言って父に怒るのです。

話の流れからの感動的なシーンであってもそんな風なので、父は母が怒るとチャンネルをすぐに変えていましたし、私もそういうことはすごく悪いことなのだと思っていました。

 

また、露出の多い服に対しても嫌悪がすごく、私がちょっとでも肌を出していると「お前は水商売の女か!」と罵られました。

近所の女の子が、流行の服装で出かけているのを見ても、「あの女は遊び人だ」とか「下品なかっこうしてホステスのようだ」などと言っていました。

 

実家を出て、母の目を逃れた解放感と寂しさから彼氏ができましたが、いつもどこかで悪いことをしているような気がしました。

遠距離で付き合っていた彼氏だったので、ほとんどメールで、頻繁に会うことはありませんでしたが、会っていてもいつも罪悪感を感じていました。

自分で好きな服も選ぼうとしましたが、なぜか近くで母が見ているような気がして、母が好きそうな服しか手に取ることができませんでした。


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