いつか、雨はあがる。

幼少期からの虐待によってうつ病、パニック障害を発症。自殺未遂、向精神薬・安定剤依存、入院を経て、現在は非正規で働きながら兼業主婦をしています。対人恐怖を治療中。どのように自尊心を回復していくか、日々思ったことを書いていきます。

久しぶりの更新です(1年ぶり)

なんとか仕事に休まず行き、朝起きて夜寝るという、普通の生活ができるように心がけて毎日を送っています。

軽いウォーキングや呼吸法ですが、運動もするようになり、おかげさまで元気にしています。

最後のブログの更新からなんと1年も経過してしまいました。

あっという間の1年でした。

 

このブログは、自分が一番つらかった時、気持ちの整理をするために開設したブログでした。

自分の身に起こっていた、なんだかよく分からない状況を自分の言葉で語るということは、かなり意味のあることだったと、振り返って改めて思います。

私の経験したことは、誰が見ていたことでもなく、密室の中で巧妙に隠され、陰湿に行われていたことでした。

私が語らなければ、誰もその事実を知ることはないし、まして苦しみを理解してくれる人が現れることもない。

自分自身ですらも、その全容を理解することはできず、ただ「生きるというのはなんと苦しいことなのか」と思っていました。

普通に周りの人が生きているということが、自分にとっては不思議でした。

自分だけ耐性がないのだとすら思っていました。

 

語ることによって自分の経験を俯瞰して見られるようになりました。

思い出すと苦しくて、胃がしぼられるようになっていたのが、時が経って、フィルターを介したようにぼんやりとした記憶になりました。

刺激的すぎる記憶は、うまいこと思い出さないようになりました。

 

そして、諦め。

しょうがなかった、どうしようもなかった。

そして、過ぎ去っている。過去の事である。

今はそんな冷静な気持ちです。

 

数か月前、夫方の親戚が亡くなりました。

まだお若い方です。

ふと、父のことが気になりました。

こちらの都合は問わず、ストーカーのようにしつこいので着信拒否していますが、着信履歴は見え、月に1度か2度、電話してきていることが分かっていたので、半年以上ぶりに電話をかけました。

 

そうしたら、ギャンブルの途中でした。

今いいところなので、かけ直すと。

 

笑ってしまいますね。

三つ子の魂百まで。

病気は治らないんだなあ、と思いました。

 

あんなに執着し、一時は一日に何十件も電話をかけていた娘から、久々に電話があったのに切ってしまう。

父の脳みそは、ギャンブルの快楽が忘れられなくなっているのでしょう。

薬物依存、アルコール依存と同じです。

そしてそういう快楽が、家族との時間を過ごすことよりも何よりも勝ってしまうんです。

 

父だけが悪いのではない。

若かった父にギャンブルの遊びを教えた祖父の悲しい愚かさ

父の何もおもしろいことの無い環境と、人生と

日々の生活のストレスと

 

いろんなことを何もかもスーッと忘れさせてくれるのがギャンブルなのでしょう。

そういう逃避はきっとどんな人にも起こりうることです。

依存になりやすい脳というのはあるらしく、遺伝要因もあるそうです。

 

今さら父に大切に扱ってほしいなどとは思いもしませんが、改めてしばらく見なかった現実を突きつけられた気がしました。

それから「ああ、またか」という、幼少期から繰り返し繰り返し、がっかりさせられ、期待させられては裏切られた、あの感情を久々に思い出しました。

 

人というのは約束を守らないものだ

人の人格はガラッと変わるのもので、仏のような人が鬼のようになる

ということを、私は父から学びました。

 

 

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