いつか、雨はあがる。

幼少期からの虐待によってうつ病、パニック障害を発症。自殺未遂、向精神薬・安定剤依存、入院を経て、現在は非正規で働きながら兼業主婦をしています。対人恐怖を治療中。どのように自尊心を回復していくか、日々思ったことを書いていきます。

自分の居場所はどこだろう

主人が躁の期に入ったようです。

PCのソフトを買って音楽を作ったり、新しい事業?のようなものを立ち上げようとしています。

鬱だった時とはまるで別人のよう。

躁鬱病の人は、躁の時をよくよく気を付けなければなりません。

気分が上がると気持ちも良く、なんでもすごいエネルギーでどんどんやってしまうのですが、やりすぎるとまた鬱が来たときに落ち込みがひどくなってしまいます。

 

主人も自分で危ないということは分かっているし、私も気分を抑えるように言っているのですが、とても不安です。

イデアがいろいろと浮かぶようで、ラインでどんどん書いているそうです。

 

私はと言えば、父が来る日が近づき、とても神経質になっています。

また、お仕事の関係である方と知り合いになり、とても優しい方で、自分の身の上を少し打ち明けていたのですが、この前急に先祖供養?の講話とかいうのに誘われて、気分が落ち込んでいます。

行く前に断るか、行ってみて断るか。

対人恐怖気味の私にはとっても怖い話で、「やっぱり他人となんかかかわるんじゃなかった」「打ち明け話なんかせずに、引きこもっていればよかった」

というのが私の今の正直な気持ちです。

 

いつか1人になった時、自分だけでたくましく生きて行かなければならないのだろうけど、正直「もう疲れた」って思っている自分がいます。

どうして普通に生きられないんだろう?

 

何をするにもお金がかかって、どこへ行っても人が自分をだまそうとしている気がします。

自分も善意をあげて、それで嬉しいような気がする時もあるけれど、ふと我に返ると、全てそれはまぼろしだったんじゃないかって。

 

心が通じ合ったような気がして、分かりあえたような気がして

誰かの役に立てたような気がして、なにかを為し得たような気がして

 

全部、「そういう気がした」だけなんですよね。

 

かと言って、自分だけが不幸なのかと言えば、そういうわけでもなく、

他人もそれぞれに辛い思いや悩みを抱えていて、しんどそう。

 

そして、私をあったかくだっこしたり、頭をなでてくれるような人、眠る時に歌を歌ってくれるような人、「元気でいてくれたらそれでいい」って思ってくれるような人はどこにもいないんです。

小さい頃も、今も、これからも。

 

いい大人が何を言ってんだって感じですけど(笑)、時々そういう寂しさを無性に感じます。

自分で自分を肯定できないからなんでしょうね。

どこかに自分の居場所があるといいなあと思います。