いつか、雨はあがる。

幼少期からの虐待によってうつ病、パニック障害を発症。自殺未遂、向精神薬・安定剤依存、入院を経て、現在は非正規で働きながら兼業主婦をしています。対人恐怖を治療中。どのように自尊心を回復していくか、日々思ったことを書いていきます。

母の価値観にがんじがらめにされて

私が中学生~高校生だった90年代は、今よりもっと露出の多いスポーティな服装が流行っていました。

安室奈美恵さんとかSPEEDとかのアイドルが流行っていて、ミニスカートにブーツとか、革のかばんよりナイロンのリュックサックにナイキの靴、ルーズソックス、そういう時代でした。

私の通っていた学校は、まじめな子が多い学校でしたが、校則が厳しくなく、自由な校風だったので、当時制服にリュックサックを背負って、ナイキのスニーカーを履いている子が多くいました。

私もそうしたかったのですが、母は絶対に許してくれず、母の趣味の時代遅れな持ち物を持たされました。

夏には帽子をかぶらされ、フリルの日傘を持たされ、同級生からは変わった子という目で見られていました。

先生にすら「おかしな格好してるなあ」と言われたことがあります。

毎日毎日、人が選んだ自分の趣味でないものを身に着けて生活することを考えてみてください。

自分が嫌で嫌でたまらなくなります。うつむいて歩くしかなくなります。

フリルやピンクといった母の少女趣味の反動で、私は今女性らしいデザインのものを一切持っていません。

黒や茶色、紺色といった、暗い色合いの、安いシンプルなデザインのものばかり着ています。

 

母と服を買いに行くときは、私はお人形さん(マネキン)扱いで、私の意見を挟む余地は一切ありませんでした。

私が選ぼうとすると

「お前は趣味が悪い!」

「お前が選ぶものはいつも変だ。お父さんに似ているからだ」

「お前のことは私が一番分かっている」

と言ってさんざん貶められました。私は次第に「お母さんに任せておけば間違いが無い、私は趣味が悪いから」と思うようになりました。

 

そして買い物の時間がとても長いのです。

朝から出かけて行って夜までずっと・・・。

こっちの百貨店、あっちのブティック、あそこのモール・・・と、市内すべてのお店を回る勢いで、遠いところまで車で行って、駐車場代を払って、大変な数を試着させられます。

今思うに、これが母のストレス発散だったのでしょう。

私は自分の好きな物が買えるわけでもなく、自分の話を聞いてもらえるわけでもないので、これに付き合わされるのがしんどくてしんどくて本当に嫌でした。

母に買い物に付き合う時はぶっ倒れそうになるくらい疲れ、「あっちで座っててもいい?」と言って座っていたり、隅の方でしゃがんでいたりして休んでいました。

 

しかし、そんな労力を費やして買った服を来ていくところなんて、私にはどこにもないのです。

遠くの私立の学校に行かされていたため、近所で会う人もいませんし、休みの日、友達と遊びに行くことも制限されていましたので、私には出かけるところなんてありませんでした。

高校生になってからは鬱の症状が出ていたのでしょう。学校へ行く以外は家でずっと寝込むようになってしまい、母好みの高価な服は、タンスに入っているだけ。

何の意味もありませんでした。

私が大学生になってからも、母は「これは高かった、いい服だから」「これは〇〇の靴だから。〇〇は一生ものだ」「ブランドのかばんだから」と言って、買ったものを私に送り続けました。

母がストレス発散に買ったのであろうそれらの品々を、18~20代の間ずっと送り続けられました。

 

私には私の生活スタイルがあり、自分の趣味も好みもありますから、そんなものを送って来られても、全く一度も使わないものばかりでした。

実家に帰る時も、私が自分の買った服を着て帰ると

「私が買ってやった服はどうした?!なんでそんなボロの服を着て帰ってくるんだ、あれもこれもあっただろう?靴は一体どうしたんだ?革のバッグは?ろくな服を着て帰ってこない!」

と言って怒るのです。

しかし、こちらはお金も無いため、夜行高速バスに乗って帰省しているのです。

安い夜行バスに乗ったことがある人はお分かりだと思いますが、とてもきれいな格好をして乗って行くようなものじゃないのです。座席も倒れない狭いバスの中でひたすら寝て行くだけなのですから。

まして、慢性的なうつ症状に悩まされていた私にとって、バスに乗って帰ることすら大変な事で、私にはきれいな格好をする余裕すらありませんでした。(帰省することも何度嫌がっても両親から強制されていました。)

 

小さいころから母の趣味の押し付けをやられ続けていた私は、もう自分がなんなのか分からなくなっていたのでしょう。

高校生の頃、私は自分が嫌で嫌でたまらなくなり、学校で撮った集合写真の自分の顔の部分を切り抜きました。何枚も何枚もそうしました。

当時、母が私の部屋をあさるのが普通だったので、母がそれを見つけ、

「お金出して買った写真をこんな風にして!!もったいない!」

と叱られたことを覚えています。

私は自分を消してしまいたかったのでした。

母が送ってきた大量の服、靴、バッグを捨てることができたのは30代になってから。つい最近のことです。

リサイクルに売ったものもありますし、怒りに任せてゴミ袋に直接つっこんだものもあります。

「それは〇〇で買った、高かった、~のブランドのもので、どんなにお母さんが足を棒にして探し回って買ったか・・・」

という母の声が聞こえてくる気がして、最初はものすごい罪悪感にとらわれました。

悪夢も見ました。

しかし、今は母が買った物が一つも無くなり、本当に心からせいせいしています。

自分の権利を尊重してくれる人と一緒に居なければ、人間はだめになってしまいます。

「お前はだめな人間だ」とずっとずっと言われ続けていると、本当にその通りになってしまうんです。

その怖さを痛感しています。

 


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