いつか、雨はあがる。

幼少期からの虐待によってうつ病、パニック障害を発症。自殺未遂、向精神薬・安定剤依存、入院を経て、現在は非正規で働きながら兼業主婦をしています。対人恐怖を治療中。どのように自尊心を回復していくか、日々思ったことを書いていきます。

ストーカー実父

がんばって本を読んでいたら、とても調子を崩してしまいました。

『心的外傷と回復』は半分くらい読んで、お休みしています。

とりあえず、読んでよかった、非常にためになったと思う本は右サイドバーにリンクを貼りました。

複雑性PTSDや被虐待後の治療について、今後もできるだけ有用な情報を増やしていきたいと思います。

 

1冊ずつ詳しく感想も書きたいのですが、最近昔のことをずっと思い出してしまい、吐き気と震えがあります。

対人恐怖もひどくなり、職場で挨拶すらしにくいような状況です。

同僚と目を合わせることもできません。

 

そんな中、昨日、実父から夫にメールが来ました。

「来月そちらに行く」というメールだったそうです。

「行ってもいいですか?」でもなく、「何日が空いていますか?」でもありません。

「行く」というメールなのです。

 

父はストーカー気質なので、とにかく返事が欲しいのだというのは分かっています。「行く」と言えば「何日に来ますか?」とか「来ないでください」とか返事が来ると思っているのかもしれません。

本当に来るのか、それとも脅しなのか、返事が欲しいだけのレトリックなのか。

 

今まで、何度も何度も「連絡しないでほしい」、「しばらく放っておいてほしい」と実父には告げました。理由も言いました。

「父には今まで暴力も振るわれていないし、父とは時々話してもいい。しかし、父が母や兄の肩を持ち、母と兄との関係修復について説得してくるのであれば、話をすることはできない。私は母を一生許すことはないし、兄のことも許すつもりはない。」と。

 

その話をするごとに実父は「かな子の気持ちはよく分かった」とか、「もう連絡しないようにする」と言うのです。私はその言葉を聞いてほっとして、毎回「父が分かってくれた」とぬか喜びしていました。

 

しかし、それはその場限りの言葉。実父の「分かった」は全て嘘でした。

父はその後も絶対にあきらめず、しつこい電話、メールをしてきます。

「終わったことは忘れて水に流せ。」

「いつまでも人にやられたことをしつこく考えているんじゃない」

「実家に帰ってこい。」「お母さんはお前のことばかり考えている」

「たった四人しかいない家族なんだぞ。たったひとりのお父さんだ。(たった一人の兄だ、母だ)」

父の執着はものすごいのです。そして異常人格者である母に洗脳されています。

「水に流せ」は母の常套句です。

 

父から再び連絡が来るたび、「一体あの話し合いはなんだったのか?」という無力感にとらわれました。

「どうやったら伝わるか、あんなに必死に考え、順を追って長時間話をしたのに、何の意味も無かったのか」と。

 

話し合いの結果が無下にされ、振り出しに戻るたび、私は絶望しました。

このひとには、まったく一言も、話が通じない。

思えば、昔からそうだったのかもしれない。

父は人当たりは良いふりをして、絶対に自分を曲げない人だった。

競馬に行くと決めたら、家族に何があっても振り切って行く。

母を殴ると決めたら、私が土下座して頼んでも殴る。

そういう人でした。

 

書いていて、あの電話での話し合いは、結局父に「成功体験」を植え付けただけなんじゃないかと思えてきました。

「ごねて連絡すれば、娘が長時間話をしてくれる」という「成功体験」です。

 

私は父との会話で挫折感を何度も味わい、その後、父からの履歴の羅列を見るだけで、気分が悪くなるようになりました。

仕事に支障をきたすので着信拒否にすると、今度は夫の方に連絡が行き、揚句には義父の住所を調べて連絡して来ました。

実父が言葉巧みに義父に話をし、義父から「かな子さんがおかしいのでは」と言われた時には、目の前が真っ暗になりました。

 

昨日、父から「そちらに行く」というメールがきたことを、仕事中に夫からメールで知らされました。

私は自分の仕事を終え、むかむかする胃を我慢しながら、恐怖をごまかしごまかし買い物をすませ、帰って晩ごはんの支度をしました。

 

夫が帰ってきて食事を出し、一緒に食べながら、今日の仕事や父の対処について話していましたが、突然激しい吐き気に襲われてトイレに駆け込み、全部吐いてしまいました。

どこまでもどこまでも追ってきて、私が幸せになろうとすると必ず邪魔をする父と母。

悔しくて悔しくて、もうどうしようもなくて、洗濯場の方へ行って、声を殺して泣きました。そのうち声も我慢できなくなって、バスタオルで顔を抑えながら嗚咽しました。

 

夫がそっとやってきて、後ろからずっと抱きしめていてくれました。

そうしてもらっていると、次から次に涙が出ました。

「ただ二人で普通に暮らしていきたいだけなのに!」

「どうして、なぜ」

「なぜいつもいつもわたしの邪魔をするの!?」

どちらかが死ぬまで終わらない戦いかもしれません。

私は父が生きている以上、ずっとストーキングされ続けるのだと思います。