いつか、雨はあがる。

幼少期からの虐待によってうつ病、パニック障害を発症。自殺未遂、向精神薬・安定剤依存、入院を経て、現在は非正規で働きながら兼業主婦をしています。対人恐怖を治療中。どのように自尊心を回復していくか、日々思ったことを書いていきます。

自分の力ではどうしようもないこともある ―あきらめて生きるということ

私は今30代ですが、この世代の女性と言うのはいろいろな欲望を持っています。

 

結婚したい

子どもがほしい

性的対象に見られたい

綺麗になりたい

お金がほしい

などなど・・・

 

至極当たり前の欲求なのだと思いますが、こういう欲求がいきすぎてしまって、精神的にナイーブになっている人も多く、そういう人と接すると妙にあたってしまって気分が悪くなってしまいます。

 

機能不全家庭でそだって良かったこと・・・

変な話ですが、ほんとに些細なことを幸せだと感じられるんです。

暴力を受けたりお金を取られたりしないだけで幸せなんです。

 

屋根があって、ご飯が食べられて、借金取りにびくびくしなくていい・・・

ほんとにそれだけで心から幸せを感じます。

 

大声や暴力の心配をしなくていい。

着替えをのぞかれたり、急に部屋に入ってこられたり、机を漁られたりすることがない。

見られたくないものをこそこそ隠す必要が無い。

変なお金の使い方をする人がおらず、借金を支払っても月々の家計簿は一応黒字で、月末の支払いにびくびくしなくていい。

 

平穏に普通に生活できるということがどんな気持ちなのか、最近になって初めて知り、周りの普通の人は、今までこんな穏やかな気持ちで生きていたんだと驚くばかりです。

 

こんな落ち着いた気持ちで居られるのなら、勉強や仕事だって普通にこなすことができるでしょう。

 

私の知り合いで、

実家にお金があり自分のお給料以外にも援助してもらえる、

持っている物もブランド物で、そういうものを好きに買っても怒られない

夜遅くまで遊び歩いても何も言われない

わがままが通る

 

そういう環境なのに、

「結婚できない」とか「子どもが欲しいのに旦那が」

「旦那の薄情な態度(ささいな言動)にイライラする!」

などと怒っている人がいますが

私からしてみれば、そんな環境の何が気にくわないのか、満たされた境遇じゃないか、子どもだって授かりものなのだから、無理やり作らなくたっていいじゃないか

 

なんて思ってしまうのです。

 

そもそも子どもだって、不妊治療してまで作るのはおかしい。

2人の間に子どもができないのなら、それは自然の摂理で、神様が決めたことだとあきらめて、別の人生を考えていくべきじゃないでしょうか。

 

人間が自分の欲望や意志をなんでも実現できると思ったら大間違いだって私は思っています。

 

私だって、両親のけんかを止めたかった。

暴力をやめさせたかった。

ギャンブルやたばこや、激昂して収集のつかなくなることを止めたかった。

 

でもどんなことをしても、それは無理でした。

小さいころは学校で「努力すれば報われないことはない」とか「自分がやろうと思えばなんだって変えられる」とか習いますよね。

だからそれを信じていたこともありましたが、そんなことは無いです。

もちろん、自分のことは変えられるでしょう。

わたしも大人になって、肉親から逃げることができました。

 

でも、他人のことはだめです。どうにもならないです。

努力してもだめなことはある。

自分が他人を変えようとしても、変えることはできない。

はっきり断言します。

 

だからあきらめることが必要なんです。

現状をありがたく思うことが必要なんです。

 

でも・・・自分の欲望にとらわれて躍起になっている最中の30代女性というのは非常に怖くて、常にイライラしていますから、「障らぬ神に祟りなし」ですね。

私もとばっちりを受けそうなので、ちょっと距離を置いて付き合いたいと思っています。