いつか、雨はあがる。

幼少期からの虐待によってうつ病、パニック障害を発症。自殺未遂、向精神薬・安定剤依存、入院を経て、現在は非正規で働きながら兼業主婦をしています。対人恐怖を治療中。どのように自尊心を回復していくか、日々思ったことを書いていきます。

母への罪悪感

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7年前、うつ病パニック障害と診断されましたが、現在はほとんど回復しているかな子といいます。

病気になった原因を長年探し続け、薬物療法や運動療法、食事療法など試行錯誤してきました。

30を過ぎてから、実は私の育てられ方や、親との関係に根本的な問題があるということが分かってきて、現在自分の思考のくせを治そうと模索しています。

 

はじめての方は、もし私の生い立ちにご興味あれば、こちらからお読みください。

はじめましての方はこちらから(私の生い立ち) - いつか、雨はあがる。

身バレを防ぐため、一部事実を変えて書いてありますが、親や兄弟との関係や、されたことなどはありのまま書いてあります。

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ここ数日、少し元気が出てきて、精力的に(と言っても、普通の人から言ったら全然ですが)動いていました。

持って帰ってきた仕事を遅くまでやったり、近所の方におつきあいしたり、義父のお世話など。

ご近所の方はみなさん心優しくて、私や主人に良くしてくださり、夏野菜やらいろいろたくさんいただいてしまって、非常にありがたく、恐縮しています。

 

しかし、普段ほとんど誰とも話さないで引きこもって生活しているので、この数日は私にとっては怒涛のようでした。

帰ってきて、もらったたくさんの品を見て、思わず

「うちだけでは多すぎるからお母さんに送ってあげたら喜ぶかも・・・」

と考えてしまい・・・

「ああ、もう、母とは関係ないし、そんなことをしてはだめなんだ」

と思い直し、家族と仲良くしているらしい近所の方のお話を思い出したりしては、なんとも言えない空しさで、落ち込みます。

 

母は自分のストレスを発散する方法を、私をなじったり叩いたり、買い物依存したりする以外に思いつかなかった人なんだ

誰か第三者に助けを求めることもできず、自分に自信もまるで無いのに、自信のある人のようなふりをして

自分の空しさや不全感を、私の一挙一動をコントロールすることによってしか埋められなかった

父や私を罵倒し、幸せそうな他人を貶めて、相対的にしか自分の幸せを感じられないような、どうしようもなくかわいそうな人だったんだ

 

そう思うと、どうにかして母のことを助けてやれなかったのかと、つらくて

 

今年の5月に母に初めて言いかえし、汚い言葉も使って大喧嘩した時、

母は大声で泣き喚き、「死ね」なんて一言も言っていないのに、「私に自殺しろって言うのかーーー!!!母親に死ねっていうつもりかーーーー!!」と叫びまわっていました。

母は父に「死ね!アホが!」とか暴言を言うのですが、自分が父に対して言ったことはどうでもいいのでしょうか・・・。

 

とにかく、母は泣いてわめいていて、その時の恐ろしい声が耳について離れません。

地獄からの声のようです。

そういうやり方は私が幼い頃から、母の常とう手段であり、私は泣き喚く母が本当に恐ろしく、怖く、また一体どんな酷いことがあったのだろうと可哀そうでたまらず、なんでも言うことを聞いていました。

 

母がそういうヒステリー発作?のような、怒りのパニックのようなものに襲われるときは、私の部屋の扉をバーンと恐ろしい勢いで開けて、ずかずか入ってきて、有無を言わさず、座っている椅子から突き落とされたり叩かれたりしていました。

 

冷めた目で母を見ていたこともありましたが、そういうすると「なんだその態度は!」とさらに殴られ、

少々知恵もついてきて「お母さん、ちょっと冷静になって」と説得を試みようとすると「自分だけ落ち着き腐って自分が偉いつもりか!」とやはり罵られ、

そのうち、私は怖くて、何も言わないようになりました。

 

一言も言わない。

ただ我慢していれば、その時間は過ぎるので、母に叩かれている間はじっとして、顔や痛いところに当たらないように防御して、丸くなっているのです。

 

やられている間、自分が何か悪いことをしたせいだという罪悪感も常にありました。

今でもその罪悪感は続いていますが・・・

 

そういう不安定な母を、どうにかしてもっと喜ばせ、笑顔で居させ、幸せにすることはできなかったのか・・・

不毛で、答えは無く、そしてもはや考える必要もないことなのですが、幸せそうにしている人たちをみると、悲しい母のことを、ふと考えてしまいます。