私が一番怖い母は、本当は誰よりも弱い人間だった
明日は仕事が突発で休みになりました。
ゆっくりできるぞーと思ったのですが、義父の保険の担当の方がお話に来るのと、主人の通院の日になっているので付き添って、一日が終わりそうです。
私も30を過ぎたので、医療保険に入ろうと思っています。
私の両親は、不慮の事故や病気への備えや、将来のための貯金といったものを全く考えない人でした。
日銭を稼いでその日暮らし。
なので、医療保険や生命保険にしっかり入っている婚家は、私にはほんとうにきちんとした家に見え、甘えて相談にも乗ってもらっています。
私は母の見立てたきれいな服を着て、私立の学校にも通っていましたので、幼い頃は自分がそこまで貧しいとは思っていませんでした。
しかし、内情は火の車だったので、家の中はいつも窮々とした緊迫感、不安感に満ちていました。
母は見栄や体裁を取り繕うことしか考えておらず、自分が恥ずかしい思いをしないためには惜しげなくお金を使いました。
「かな子に恥ずかしい思いをさせたくない」
というのが母の言い分でしたが、私の周りの友達で、服を何着も買い替えたり、靴や鞄をファッションに合わせていくつも持っているような子は誰も居ませんでした。
兄も母が見立てたブランドの服ばかり着ていました。そして、当時発売されていたあらゆる種類のゲーム機を持っていました。
ソフトもたくさんあったので、近所の友達が珍しがって家に集まり、ゲーム目当ての悪ガキのたまり場のようになっていました。
冷蔵庫も勝手に開けて、ジュースやお菓子もどんどん持っていくのです。
私も追いかけられ、スカートをめくられたりしたこともあり、嫌でたまりませんでした。
ゲーム機をうらやましく思った上級生が、うちから泥棒して持って行ったこともあります。
兄の名前を書いてあったので、後で見つけて取り返したそうなのですが、その上級生も貧乏な家の子で、何か月かしてどこかへ引っ越していきました。
きっとその子はうちが大変なお金持ちだと思っていたでしょう。
私はいつも母から「うちにはお金がないんだ」と言われ続けていましたので、外食に連れて行かれた時も、私は怖くて遠慮して、いつも一番安いものを探して注文しました。
兄は反対に、一番高いものを頼んでいました。
兄はなんでも高いもの、豪華なもの、ブランドものが好きなのです。
母は「仕事が大変だ、家事ができない、忙しすぎる。私にしかできない仕事だ」などといつも言っており、私はそれを信じて、母を働かせる父を恨んだり、母を不憫に思ったり尊敬したりしていました。
しかし、今考えると、母の仕事は自営の手伝いで誰に気兼ねするでもない仕事でしたし、せいぜい1日5時間くらいの勤務でした。
今、私は非正規の仕事で働いていますが、鬱っぽさと戦いながらも、なんとか家事と仕事をこなして、毎日自炊もし、家計簿をつけて倹約しています。
毎日たくさんの人と会わなくてはならず気を遣いますし、上司や同僚との折衝もあります。
しかし、役職も無く責任は軽いですし、ほかの人よりずいぶん楽をして生活させてもらっていると思います。
もちろん、自営は自営での苦労や大変さがあるわけなのですが、こうやって自分が仕事をするようになって、母の言っていたことを改めて考えてみると、腑に落ちないことばかりです。
母の仕事は経営者が父なので色々と融通も効きましたし、母の不平不満が大変に過度なもの、誇張されたものだったのではないかと思わずにはいられません。
また、母は気まぐれにしか食事を作らず、私は小学生の時から代わりに料理をして、兄に食べさせていました。
私は「母は仕事が忙しいから仕方ない、少しでも役に立たなければ」と思ってやっていましたが、1日5時間の仕事は、はたして食事を作れない程大変なものだったのでしょうか。
母があんまりにも父の悪口を言うので、高校生の私は母に言ったことがあります。
「お父さんの仕事のやり方がそんなにだめなのなら、お父さんに変わってお母さんが経営したらどう?お母さんならきっとうまくできると思うよ」
その時の私は、母の「自分がいかに高い能力を持っているか、そして父がどれほどだめか」という話を、全て鵜呑みにして信用しきっていましたので、母をかわいそうに思い、非常に純粋な気持ちから母に提案したのです。
ところが、母はすぐにこう答えました。
「そんなのできるわけないじゃない。無理よ。」
さんざん父を馬鹿にし、「自分ならこうするのに、父は頭が悪いから仕方ない」と言い続けてきた母のその言葉に、私は違和感を感じました。
そんなにちゃんとした自分の考えがあるのに、この人はなぜ自分で経営をやろうとしないんだろう・・・?
大人になるに従いだんだん分かってきましたが、母は他人を恨んだり、文句を付けたりすることは人一倍なのですが、自分では結局しんどいこと、辛いことを絶対にやろうとしないのです。
さんざん文句を言った挙句、じゃあ自分でやればと言うと「まさか。お母さんにはそんなことできない」と、逃げるのが常なのです。
そして、過剰に自分の能力を誇示しようとするのですが、実際はものすごく自信の無い人なんだということも、最近になってなんとなく分かってきました。
結局、母は「お金が無い。子どもを育てることができない」などと散々子どもに言いつつ、自分が外に働きに出るわけでもない。
いつも自分は安全圏に居つつ、いつか誰かが(たぶん父が)どうにかしてくれるだろうと待っていただけの人なのでした。
元々専業主婦希望だったのを、無理やり働かされたとずっと根に持っていましたが、大金持ちの男性に嫁いだのならともかく、父のような人を選んでおいて、本当におかしな話です。
「そんなに父に文句があるなら離婚したら」と言ったことも何回もあります。
でも母はそうしようとは決してしませんでした。
そして、自分の力で現状を変えることは無く、ただただ私に愚痴を吐き続け、暴力をふるい続け、いつも頭痛やめまいや不眠、いろいろな不定愁訴にずっと苦しんでいました。
私は、社会人になってから、何人かのシングルマザーの方と知り合いました。
シングルになった理由はいろいろとあるようなのですが、自分の力で外に働きに出て、子どもさんを育てていらっしゃる女性です。
子育ての悩みもあるようですが、そういう方を見ると、自分の力で自分が幸せになる道をきちんと切り開いていて、本当にすごいなと思います。
相当の努力をされているからこそ、できることだと思います。自分を自分で幸せにできる力のある人は、周りの人を幸せにすることもできるのだろうと思います。