いつか、雨はあがる。

虐待でうつ病、パニック障害を発症。自殺未遂、向精神薬・安定剤依存、入院を経て、現在は非正規で働いています。ようやく前向きになれてきました。

はじめまして

 はじめまして。かな子といいます。

8年前、私はさまざまな事情から心の調子を崩してしまい、精神科でうつ病パニック障害と診断を受けました。

1人暮らしをしていた私は仕事も辞めざるを得なくなり、絶望の中、自殺未遂を数度繰り返しました。(一度は救急車を呼ばれてしまい、大変な迷惑をかけました。)

さらには、閉鎖病棟に入院ということにまで至ってしまったのですが、現在は復職もでき、落ち着いた暮らしをすることができています。

以前は飲まなければ起きあがることすらままならなかった向精神薬も、現在はまったく飲んでいません。

たまに安定剤を飲むことがありますが、1週間に1度か2度くらいの服用で済んでいます。

落ち込んだり、動悸がすることもありますが、ほぼ普通の生活を送ることができています。

私が心の病を発症してしまった原因には、田舎にいる私の家族のことが深く関係していたのですが、私はそれに気が付くことがなかなかできず、何年も囚われてもがき、苦しみ続けました。

家族のことに気づかせてくれ、私を苦しみから救ってくれたのは、学生時代からの幼友達と今の主人です。

どうしようもなく襲ってくるパニック発作希死念慮、・・・地獄のような日々から助け出してくれた2人には言葉に言い表せないほど感謝を感じています。

2人にはこれからの人生、私が死ぬ日まで、恩返しをし続けなければと思っています。

また、病気を隠しながら仕事をしていた当時は、職場の方にもいろいろなご迷惑をかけました。

事情を知らないながらも、辛そうなわたしの様子を心配して、こまめに声をかけ続けてくださった方もいました。

そういった方々の助けもなければ、私は今まで生きて来られなかったでしょう。

現在、症状は落ち着いていますが、すべてが順風満帆というわけではありません。

仕事は正規雇用ではありませんし、自分が大学、そして大学院に行くのに使った奨学金の借金も莫大な額が残っています。

そして、実は夫も難治性の精神病を患っています。

クリアしていかなければならない問題は山積みですが、落ち着いて、一日一日をあわてずに生きていく、自分に言い聞かせながら生活しています。

このブログでは、いくつかの観点から「心の平穏」ということについて述べていきたいと思います。

まずは、私が心を壊してしまった原因であった「家族」のことについて。

いわゆる「毒親」とか、「アダルトチルドレン」、「機能不全家庭」、「共依存」といったキーワードで語られるような事柄です。

そして、うつ病パニック障害の症状と薬物治療による闘病の体験について。

私は薬物治療を行っていく中で、あまりの辛さから安定剤や向精神薬依存に陥っていきました。依存からの回復についても述べていくつもりです。

また、うつ病の家族と一緒に暮らしていくということについても書きたいと思います。

自分の苦しかった体験が、今苦しんでいるどなたかの助けになれば幸いです。